シロクマとペンギン

主に読んだ本の備忘録です。

『くますけと一緒に』

 新井素子くますけと一緒に』(新潮文庫 1993年)を読みました。

 新井素子氏は、何かの賞で星新一氏が最優秀賞に推され、『ほしのはじまり』という本でショートショートを選んだ作家であったという、星新一氏絡みのイメージしかなく、それに伴い、全く読んだ記憶がありませんでした。

 しかし、家の本棚を漁っていたら、偶然目に留まり、そういや星新一氏が推していたという作家だったなあ、と思いながら、本を手に取りました。

 以下あらすじ――両親を事故で亡くし、その両親の親友であった夫婦に育てられることになった成美は、くまのぬいぐるみである"くますけ"を一時も手離せないような子どもだった。そのせいで成美は、おかしな子どもとして扱われていたが、誰にも言えない秘密があり、"くますけ"しか信じられなくなっていて・・・・・・――

 文庫には裏表紙の内容説明があると思うのですが、その説明には"モダン・ホラー"という説明書きがあり、少し身構えて読み始めました。

 成美の両親は非常に仲が悪く、喧嘩ばかりしており、そのせいで両親が事故死する前に、既に成美はぬいぐるみである"くますけ"に依存し、"くますけ"は両親以上の存在となり、そして"くますけ"は喋ります。成美よりも、かなり、かなり大人な視点から助言したり、励ましたりします。ぬいぐるみが話すのは成美の精神状態が不安定で、成美の幻想なのかなと思いながら読み進めていったのですが、終盤になって、というかラストで、ゾッとしました。

 ・・・・・・とは言いながら、ハッピーエンドです。非常に不安定な成美の内面を描いているので、読んでいる時はこちらも非常に不安になるのですが、ハッピーエンドで間違いないです。それなのにラストが怖い、というのは、新井素子氏のぬいぐるみに対する考え方が投影されているからでしょうか。あとがきで、作者がぬいぐるみ好きだと知り、そう思った次第です。

 また、嫌いな人、モノは嫌いと言って良いのだ、というメッセージも込められていた気がします。この小説では、その当たり前が完全に否定されており、子は父母を嫌っても恨んでも良いのだ、という作者の思いが込められているような感想を覚えました。そして、今まで父母が嫌いという感情が生まれなかった僕は、どれだけの愛情に接していたのかと読み終えた後、思いを馳せてしまいました。

 あとは、この小説内で、

「そして結局」

「そして結局」

パパとママ。生垣の前に立ったパパとママは、二人してこう言うと(新井、1993、p213)

 と表現されている箇所があります。そこで僕は森見登美彦氏の『ぐるぐる問答』内の上田誠氏との対談で、小説と舞台の違いについてお話しされていたのですが、これが舞台だったら、二人が一遍に言えるの鍵括弧を二つも付けずに済むのかなあ、とか、小説の特性について色々と考えてしまいました。

 さて、何だか、ダラダラと書いてしまいましたが、作者の独特な文体と、暗い展開が続く内容が苦でなければ是非とも読んで頂きたい一冊だと思いました。終盤のカタルシスと、ラストのゾッとする終わり方を是非とも体験して欲しいです。

 また、あとがきにて、作者が『おしまいの日』という小説について言及されていたので、そちらも読んでみたいと思います。

――読書記録(2)新井素子くますけと一緒に』(新潮文庫 1993年)――

くますけと一緒に (新潮文庫)

くますけと一緒に (新潮文庫)

 

 

ぐるぐる問答: 森見登美彦氏対談集

ぐるぐる問答: 森見登美彦氏対談集

 

 

『カンガルー日和』

 村上春樹カンガルー日和』(講談社文庫 1986年)を読みました。
 村上春樹氏の短編集です。表題作である「カンガルー日和」、「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」、「眠い」、「あしか祭り」、「鏡」、「スパゲティーの年に」、「かいつぶり」、「図書館奇譚」などの短編が十八、収録されています。

 この本は高校生の時に出会い、もう何回も読んでいる本です。一回目なので何か思い入れの本を・・・と思い、この本を選びました。備忘録のために書いているのに、何だか趣旨がズレているような気がしないでもないですが、とにかく高校生の僕が村上春樹氏にのめり込むキッカケになった本です。

 表題作である「カンガルー日和」は日常を繊細に切り取った短編であったり、「あしか祭り」や「かいつぶり」は、まさしくハルキワールドといった感じで、独特"すぎる"世界観が流れていたり、「4月のある~」は短編として本当に惚れ惚れする作品であったり、「図書館奇譚」は少し怖いながらも羊男が愛おしかったり、『カンガルー日和』は、とにかく凄い短編集だと改めて思いました。ハルキワールドがこの一冊に凝縮されているといっても過言ではないと思います。しかし、そのハルキワールドを言葉にしようと思うと非常に難しいといいますか、皆さんの感性で受け取って下さい、としか言いようがないです。いやはや、本当に難しいんです。
 また、佐々木マキ氏のイラストも、村上春樹氏の短編に良く似合っているといいますか、『羊をめぐる冒険』においても、佐々木マキ氏のイラストが表紙を飾っているので、星新一氏の真鍋博氏、和田誠氏みたいなコンビだと勝手に思っています。
 あと、『ボクらの時代』で森見氏と万城目氏と上田氏の対談において、万城目氏が「村上春樹を読んだ後は思わずバーなどを出してしまうから、それ以後、読んでいない」と言っていた(恐らくこんなニュアンスで言っていました)のを見て、確かに読んだ後、喋り方だったり、文章を書く時でも似てしまうよなあ、という事をボンヤリと思いながら見ていました。恐るべしです。

 まあ、僕は『カンガルー日和』を読み返している場合では無いんです。家に積んである『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や、『騎士団長殺し』などを読まないといけないんです。それでも、思わず開いてしまったら、あれよあれよという内に読んでしまう本、それが『カンガルー日和』だと思います。未読の方は是非読んでみて下さい。

 最後に、「スパゲティーの年」から引用して終わりたいと思います。

 デュラム・セモリナ。

 イタリアの平野に育った黄金色の麦。

 一九七一年に自分たちが輸出していたものが「孤独」だったと知ったら、イタリア人たちは恐らく仰天したことだろう。(村上、1986、P172)

 こんな文章を一度は僕も書いてみたいものです、とか、何度生まれ変わっても出来ないだろうことを言ってみます。読めるだけで幸せ者だと思っておきます。

――読書記録(1)村上春樹カンガルー日和』(講談社文庫 1986年)――

カンガルー日和 (講談社文庫)

カンガルー日和 (講談社文庫)

 

 

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

 

 

ブログ開設しました

pixivでゲイ、そして成人向けの小説を書いている者です。そういう者が主に読んだ本の備忘録として、感想などを書いていきたいと思っております。

そもそも、なぜ読んだ本の備忘録としてブログを開設しようと思ったかと言いますと、僕が物凄く忘れっぽいからです。読んだ本のタイトルや、あらすじ、おお!と思った所は覚えているのですが、それ以外はすっかり抜け落ちているみたいなことが常でして。折角読んだのであれば感想を残したいと最近思うようになり、Twitterみたいに流れることがなく、見返すことが出来る(であろう)ツールは何だろうかと思い、ブログだと考えが至って開設しました。

本だけではなく、音楽や、映画、漫画なども備忘録として使うかも・・・また、お試し的な、成人向けではない、ゲイ向けではありますが健全な小説を投稿するかもしれません。

また、小説を執筆していると前述しましたが、その小説でも、その場しのぎみたいな感じなのに、感想を書けるほどの語彙力があるかどうか問題です。恐らく、何じゃこりゃ!みたいな感想もあると思いますが、そこは目を瞑って頂いて・・・

何はともあれ、コイツこんな本読んでんだ位に見て頂けたら幸いです。あと飽きっぽいのでいつまで続くのか、ブログの存在すら忘れているかもしれませんが、そんなことが無いように、気が向いたら更新していきたいです!